情弱から考える勉強の意義

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     _,;ト - イ、      ∧l☆│∧     良い子の諸君!
    (⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l   信じるものが救われるのは
    |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)    足元だけなのだといううことを肝に銘じておけ!
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突然の四次元殺法コンビのAAですが情弱にならないように勉強しろというお話です。

先日、知り合いの知り合いみたいな?人が大学生に来年度からなるとのことでノートパソコンを買うことになったわけです。で情弱御用達の大学生協が売り出しているパソコンを買っちまったみたいです。金額は20万くらいだとか。 大学生pcだと今なら価格ドットコムの最安なら6万くらいでスペック的には十分すぎるくらいだと思います。20万円あればそこそこいいデスクトップpcが買えますね。

情弱にはなるなというのはもちろんとしてじゃあなんで情弱が生まれるのかを考えたいなと。

この世界には情報が溢れかえっています。インターネットしかり、書籍しかり。なので少なくとも日本人であり本当に極貧生活でもなければ情報を得ること自体は簡単なんですね。だから情弱の問題はそこではないと。

情報を手に入れること自体は簡単なので問題は手に入れるやる気と理解力です。 Googleで検索するのはなんだかんだ多少はエネルギーを使う行為です。検索ワードはなににしようか、どのページを見ればいいのか、どこまで調べるのか。無意識に色々考えながら検索を使っているわけです。

それでおそらくこれが面倒な人がある程度いると思います。もちろんすべてのことをググるのは面倒ですのでどこまで検索するのかの程度の問題でしょう。

そして検索するだけではだめです。検索してwebページを見つけたとしましょう。例えば価格ドットコムのノートパソコンの選び方、みたいなページに運良くたどり着いてもそのページを読まなければなりません。案外、日本人というのは識字率は高いですが日本語を読めていない人間が多くいます。なのでここでも日本語を読むのにある程度の人々が弾かれてしまいます。

そして日本語を読もうと思っても更に問題が生じます。ノートパソコンであれば選ぶためにスペックをある程度決めなければなりません。スペックを決める要素は多くありますが主要なものはCPU、メモリ容量、ストレージ容量、GPUなどでしょうか。いままでパソコンなど興味もなく情報系などでもなければこれらの用語はおそらくはじめましてです。となるとその意味も調べなければノートパソコンを正しく選ぶことができません。

用語を調べるということはGoogleで検索してwebページにたどり着き、日本語を読み理解するという工程をもう一度、いや何度か行わなければなりません。ここで更に人々が弾かれていきます。

この後にも必要なスペックを考えたりどこで買うべきかを考えたりと関門はいくつもあります。

関門というほどではないだろ、と思われる方もいるでしょう。ただし段階として超えなければならないものとして存在するのは確かです。

さてここまできてすべての関門を超えなければ情報弱者になりかねません。どこかの関門で

「あー、よくわらかん。面倒いしなあ。もういっか」

となれば大学生協のpcを買うことになるかもしれません。

ここで勉強と今回の話を結びつけたいと思います。

義務教育、高校、大学といい成績をとったりより偏差値のたかい学校に入ろうとおもったら勉強し続けなくてはならない仕組みになっています。勉強というのはかなり単純化すれば日本語を読んで理解することの繰り返しです。

テストで高得点を取るためには教科書を読んでその内容を理解し、場合によっては細かく覚えなくてはなりません。この過程は非常に面倒です。ただしやっていけばある程度なれます。また楽に速くできるようにもなります。

勉強をし続ける、つまり日本語を読んで理解してを繰り返す作業をひたすら行えばおそらく先のノートパソコンの関門を超えることができる可能性も上がるのではないでしょうか。もちろん今までテストの勉強はするのに情弱みたいな人間はいっぱい見たことがあります。それは受験産業が生んでしまった失敗作だと思うのです。勉強をするよりもテストで点をとる作業を繰り返しできるように訓練しただけみたいな。

そのため勉強する意義の一つとして情弱にならない、もっと広く言えば日本語をちゃんと理解して損をしない ということが言えるんじゃないでしょうか。

桜木花道も馬鹿は騙され続ける、みたいなことを言っていたので。